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VOL.02 試し刷り 26.07.20

写真集、次回作に向けて作業をしています。テーマは私のことを知っている人なら、いよいよと思われるだろうこと。
先日、試し刷りに出してみましたが、うーんと唸らざるを得ない。ちょっと拙速だったかなと。
まだまだ時間、掛かりそうです。

まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険 26.07.16

石川竜一の展示からそのままヒカリエ。
初日でしたが、かなり空いていてゆっくり観られましたが、大変なボリューム、しかもどの作品も濃いものばかり。
葉山での東ドイツの写真家たちの一枚は、いずれも日常の延長にある。だからこそ政治的に濃密であり、今もなお、その作品が社会に刻印されている。
一方で、日本の写真家たち、戦後の昭和から平成、現在に至るまで女性だからこそも含めて、社会にマーケティングな視点も含めて刻み込んで行かなければ行けなかった、そういう強度が何かしら展示の皆さんの表現にはある。
これは強い。しかし観る側はかなりのエネルギーを消耗する。 覚悟して観に行きましょう。
何よりも野村佐紀子のプリントを見る事ができたのは望外の喜び、全ての距離感が異常というか今生のものではない。神の視線。
これだけ疲れた後、渋谷の街に出なければならないというのも、この年齢には身体には負担。 東横線副都心線の低い天井の圧迫感もなんか嫌い。 かつての東横線のターミナルが懐かしい。

石川竜一 「よ」。 26.07.06

正直、休日の渋谷なんて大嫌いなわけです。それでも今日しかない。 Miyashita Park、欲望と羨望と卓越の視線が幾十にも混ざり合う、この中で人間として立っていることの苦痛。
ここに撮られた人物、仔細に分解されて何らかの過剰な記号性が発見されて、改めて再構成された人々。そしてその過剰さは精緻な理論性と内部に向かう。
この方の視線は、レオナルド・ダ・ヴィンチに近いなと。 奥の部屋でトークショー、ご本人も苦しそう。この苦しみの中で搾り出した写真達に囲まれる。
ちなみに鉄道的な文脈では「ヨ」は車掌車の記号性。 今は廃れたこの車両も、鉄道が濃密な労働と隣り合わせだった時代の記号。 労働や経済の不思議な距離感もまた、石川竜一の写真には、ある。産業の香りのなんとも希薄なことか。身体と表層の板挟み。

急に具合が悪くなる 26.07.04

仕事帰り、見てきました。
さて、映画というものは本当に厄介。 時間と場所にこちらの身体を合わせていかなければならない。 毎日の忙しさの中で、そんな余裕は無いのよ、だったら配信されたら観ればいいじゃないという心の声、いや仮初の心の声が聞こえる。しかもこれは3時間超。
ただ、そんな苦難?を乗り越えたからこそ得られる没入感と倦怠感がある。 アスペクト比が3:2。カットに写真的な緊張感がある。 写真は動画に侵食されている?いや、実は逆では無いのか。写真に実はこの世界は飢えているのでは無いだろうか。
原作も読まないといけませんな。

もはやない国のかつてない光 26.07.02

これまた雨の中、神奈川県立近代美術館 葉山へ。
「もはやない国のかつてない光 東ドイツの女性写真家たち」 日々の生活の向こうに、社会主義が垣間見える。 その影は少しずつ大きくなって、女性の身体に明確に刻み込まれていく。
最後のティーナ・バーラの展示と映像がことのほか、印象的だった。 東ドイツという体制とともにある身体、それを曝け出すからこそ、ドイツ統一後も自らが写真表現者としてその立ち位置を明確にできているのだ、というアイロニーがあったように思う。
一人一人には歴史の命運が、例外なく覆い被さっている。 それは僕も同様。 そして鉄道車両に、その影を僕は見る。

写真とは記憶である 森山大道 26.06.29

先日の金曜日、所用からの帰宅途中に新宿へ。
雨の中、ビームスジャパンでの森山大道写真展「50」。 なんだろう、あの戦後の昭和のあの時代が、そして新宿という街が、この森山大道という写真家を生み出したという感覚。 森山大道が撮った写真ではない。 森山大道が何者かによって撮らされた写真が小さな部屋に、並んでいた。 どこか人に対して、街に対して、距離がある写真達が。
「写真とは記憶である」そう、片瀬碧のモットーじゃないか笑。

アデル、ブルーは熱い色 26.06.28

写真集、手に取って頂いた方、本当にありがとうございます。 写真も装丁も文章も、かなり凝った作りになっています。 その裏側、また機会あれば、このBLOGでも披露するかもしれませんね。
映画「国宝」を見たあと、撮影監督ソフィアン・エル・ファニのカメラワークが気になって、「アデル、ブルーは熱い色」をアマプラで視聴。 いやー、びっくり。成人指定されていますので想像はしていましたが、それを上回る衝撃。 表情を克明に、鼻水含めて容赦なく切り取るカメラもそうだけど、そのカメラの位置で曝け出される主役のアデル・エグザルホプロスの存在感。
これは演技と言っていいのでしょうか。間近でカメラが回っているのに、表情と肉体を容赦なく世界に晒していく、その態度。
ちょっとアデル、狂気です。 ただその狂気は、俳優だけじゃない。カメラも監督も、そして観客も。実はみんな無罪ではない。 生きて行くのなら、何者かを踏み倒している。 そういう原罪を刻印する映画。
実は「国宝」もそういう映画だったりする。

国宝 26.06.14

アマプラ配信開始。観ました。
映像、なるほど。 撮影監督ソフィアン・エル・ファニ、僕とほぼ同世代。
伝統的な映画撮影技術に新たなエッセンスを取り入れる。 手ブレもありな手持ち撮影のアクションカメラのアプローチ、ボケや多様な画角といったフルサイズミラーレスカメラのアプローチ。 そして不気味なほどにリアルなCG。 SNSが当たり前になった2020年代から見た、日本の戦後の昭和と平成の姿がここには映っている。
さらにはカラーグレーディング。 富士フイルムのフイルムシミュレーションで言えば、プロビアとクラシックネガの世界を行き来しながら、色彩で人を惑わす。特にあの赤は。
なんとも写真の沼にひきずりこまれた人間には、励まされる映画でありました。
この場所も国宝。熊谷妻沼の聖天さま。これは富士フイルム機材でリアラエースで撮ったもの。 バブルという言葉が巷を賑わせた頃の色味かな。

最初の写真集 26.06.13

片瀬碧、初めての写真集。リリースしました。
本当に、苦しかった。 写真集を出すということの重み。それが薄い一冊であっても。 紙も拘りました。 写真の現像プロセスも拘りました。
Worksにある写真とは、青の発色は別物であることが、手に取った方には、分かっていただけるはずです。

最後の「前衛」 26.06.10

品川キヤノンSギャラリーへ。広田尚敬さんの写真展、見てきました。
さて、これは「鉄道写真」なのだろうか。 広田さんは紛れもなく、日本の戦後の出版文化の中で、その表現を披露して来た方。 でも、ここにある表現は、そんな鉄道出版界隈で流通するようなイメージとは、どこか、いや、かなり違う。
広田さんの表現には、「20世紀前衛」の匂いがする。 カッサンドルの「ノールエキスプレス」、オネゲルの「パシフィック231」といったフランスでのアールデコのアプローチ。 イタリア未来派から始まりバウハウスに受け継がれたようなドイツ的な写真表現の実験性。 そんな20世紀前半の手触りが、2026年に生々しく受け継がれている。
「動止フォト」をマリネッティやマン・レイと言った人々が見たら、どんな言葉を残すのだろう。
この巨大写真集は、20世紀最後の「前衛」、その結晶。

家庭画報 26.06.04

いつもの美容室。 ヘアカラーの待機時間中、美容師さんが手元に置いてくれた雑誌が家庭画報。 豪華列車特集。
写真がほんとうに素晴らしい。 特に「四国まんなか千年ものがたり」。仲間由紀恵さんが車内から渓谷を眺める見開き、どうやって撮ったのだろう。車内からこんなに綺麗に外が見えるなんて。 ガラスの映り込み、車外の電柱や電線類も避けたタイミング、流石に然るべき場所に列車を止めて撮ったとしか思えないけど。
そして坪尻駅での仲間さんと列車正面のカット、これもすごくいい。
色んな意味でプロの仕事を痛感する。凄いなあ。こういう仕事に触れらるのは、やはり雑誌の醍醐味ね。 紙の本、老眼には読むの辛いけど笑。

写真集試し刷り 26.06.01

一作目の写真集、試し刷りが上がってきました。 予想以上の仕上がりである一方、まだまだ詰めたい箇所もあり、再挑戦することにしました。
写真集制作、こんなに大変なものだとは。 撮影とは違う神経をジリジリと使い、しかも仕事の苦行に近いものがあります。
撮影は正直、リズムでできる。 身体に投げ掛ければ、返ってくる。 でも写真集編集は、それができない。 自分の見たくない部分を常に、じっと見ている感覚がある。 まだ展示の方が、気持ちが楽です。
まさに、産みの苦しみです。 なんとか今月中には披露できるよう、頑張ります。

明るい部屋 26.05.25

ロラン・バルト「明るい部屋」 - 写真についての覚書。 原題”LA CHAMRE CLAIRE” 早く読めばよかった。いや、今の私だから読めたのだろうか。 この本自体が、プンクトゥム”Punctum”。 被写体として追いかけていた、かつ、追いかけているもの自体が、「それは=かつて=あった」だからだろうか。 何度も読み返すのだろうな。 そして、その度、脳裏に焼き付く言葉は違ってくるのだろう、と思う。

津和野 初夏 26.05.24

ゴールデンウィーク明けの土日、今シーズン初めての山口線訪問。 田植え直前、水鏡狙いの皆さんで沿線は賑わっていた。 カメラ自体持ち出すのは久しぶり、間抜けなミスもあって反省点多いけど、それなりに撮れたと思う。
初めての津和野宿泊。 お世話になったのは、SHIKINOKASHA くらしのやど、ちょっと言葉にならないくらいに感動した素晴らしい一夜。 縁側に座りながら、美しいお庭を眺めつつ、日本酒と傾けて簡素な夕ご飯。
そして夜、散歩へ。 昼間は賑やかな本町通りも、すっかり静寂に包まれて。 見上げるとクッキリと北斗七星。横浜はもちろん、地元の信州諏訪でもここまで美しい夜空を見たことはない。あの北極星は、何か私が目指す方向を指し示しているのだろうか。
翌朝はお願いしていた素晴らしい朝食。 オーナーさんお二人との楽しいお話。そう、津和野もSLやまぐちも凄いんですよ。奇跡なんですよ、本当に。
特別な思い出、ありがとうございました。 津和野はどこか、信州下諏訪に似ている。

SLやまぐち D51 200 26.05.06

ここ最近、山口線へ通っています。
D51 200の迫力、美しい沿線風景、架線の無いシンプルな線路、運転士さんも沿線の皆さんも撮り鉄も皆さん笑顔。
こういう空気感、関東にはないなあ。
高崎で眠っているD51 498、走行風景をなん度も見たけれど、残念ながら出力が抑制されていて、どこか解毒されている。あくまでも、客寄せのためのツールなんだなと。
現役時代の整備が現在も行われているD51 200、宮野から篠目に向けての急勾配を喘いで登る姿、調整弁から吹き上がる蒸気とその音、煙の臨場感、全てが格が違う。
いや、日本全国線路があるところは、これが走っていたのだと。
高速道路は夢のまた夢、国道だって未舗装一車線が当たり前な時代、汽車は唯一の外界へ通じる窓口。
決まった時間に山々に木魂した汽笛は、人や物だけではなくて「時間」という概念を浸透させていったのでしょうね。
まさに国家の体現だった、そんなちょっと大袈裟な感想を抱きながらカメラを構えてしまうのは、私の悪い癖。

片瀬碧、始まります 26.05.05

手にカメラを持って再び線路際に佇むようになったのは、2018年頃からでしょうか。
高校生までは鉄道少年でした。それから30年。あの頃当たり前だった風景、でもそれらは今、滅びようとしている。鉄道を知っている人なら、それはみんな、分かっていること。
永い旅がもうすぐ終わります。
小さな写真集「旅の終わり 記憶の始まり」、シリーズで作成を始めます。
まずは濃青とクリーム色の無骨な機関車EF64 1000で。
私を知っている人なら、白と緑の電車ではなく、この機関車で始めるのは意外かもしれない。
でも、ずっと子供の頃から日常の風景にあったのは、この機関車でした。
さて何時ごろ出来上がるのか、また先が見えたらここにアップします。